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田中鋼次さん(80)は、親の代から当時小梅町といわれていた曳舟川通りで金属加工業を営んでこられました。現在は平成7年にお仕事をやめ、長男ご夫妻(3階)、長女ご夫妻(2階)、田中さん(1階)と三家族ご一緒に向島にお住まいになる生粋の向島っ子であります。墨田民商の役員としても古く現在は小梅支部の会計係を担当されております。
また田中さんは1953年(この年、3月にソ連スターリン死去、5月に第5次吉田茂内閣成立)に日本共産党に入り来年は五十年になります。この向島地域はかつて小梅町といわれ、現在もその町名を冠したお店、団体がたくさんあります。田中さんは町内老人会の一つ「小梅桜寿会」の会長としてそのまとめ役やら各種行事の采配等をされております。また十年程前は出身校である小梅小学校の隣にマンション建設の話があった時は、日照権や電波障害等の問題があることを考え、かたくら区議や住民の方々と一緒にその反対運動の先頭に立って奮闘してこられました。その結果、ここは現在、郷土資料館が建てられ、地域の方をはじめ多くの方々に有効に利用され、現在は「下町庶民が見た戦争展」(2月16日〜3月24日迄)が開催されております(3月30日より「石けん・歯磨きの町墨田清潔と健康の産業史」を開催)。
田中さんは「今日まで長年色々やってこられたのも女房のお陰、助力があったからですよ」と傍らの静子夫人に大変感謝されておりました。お茶を頂きお話を伺いましたが今後ともご夫婦仲良く地域の長老、ご意見番としてますますお元気で頑張っていただきたいとの思いを胸にお宅を辞しました。(駒形・中村光夫通信員)
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